ククルカンの降臨を待つ人々。チチェン・イッツァ

チチェン・イッツァ、ククルカンの降臨と夜のショーは予想以上に感動ものだった。チケットの取り方、バジャドリへの帰り方

実は今回2度目のチチェン・イッツァの訪問だ。でも、前回は一人だったけれど、今回は家族旅行。メキシコシティから飛行機でカンクンまで飛んで、その足で空港からバジャドリまで一気に移動。バジャドリは私のメキシコの中でも一番お気に入りの場所である。そのバジャドリで3泊。

その間に、チチェン・イッツァに丸一日いて、十分にマヤ最高の遺跡を楽しめた。超疲れたけど。春分のこの時期にしか見られないククルカンの降臨と、夜のショーまで観て素晴らしい貴重な体験ができた。

ククルカンの降臨は普通のチケットでもちろん見られるし、特に事前予約などは必要ない。が、夜のショーは2週間くらい前にはチケットをオンラインで取っておいたので、その取り方も紹介します。

What you should know about "Chichen Itza"

What is Kukulukan?

ククルカンとは?

このお方がククルカン様。マヤの人たちに信仰された羽の生えたヘビの神様だ。メキシコシティから近いティオティワカン遺跡にも、ケツァルコアトルという神様が祀られていて、深い繋がりがあるんだとか。

現代のマヤの人の間でも、いろんな伝説がある様で、ククルカンはヘビの形に生まれてしまった男の子のお話で、成長するごとに自分の姿がよりヘビらしくなってきた。彼の妹が洞窟の中で彼の世話をしていたのだけれど、あまりにもククルカン君が大きくなってしまって世話しきれなくなり、彼の元から去ってしまった。

そんなある日、彼は洞窟から飛び立ち、海に飛び込んで大きな地震を起こした。地震を起こしたのは、彼がまだ生きているという証拠を妹に伝えるためだった。

なんて、かわいそうな話もある。そんな伝説のようなお話を探るのも楽しいし、今でも語られる慕われるキャラクターなんだな。

 

About Chichen Itza

そもそもチチェン・イッツァとは

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日本人観光客に絶大な人気を誇る、このチチェン・イッツァ。カンクンから発着のツアーで来る方が多く、かなり割安にツアーが組まれている。ただ、やっぱりツアーはツアー。私はツアーは嫌いだ。なぜかと言うと、自由が利かないから!!写真撮りたいのに、ゆっくりしていられない。自分のペースで見たいから、大体ツアーにはどうしてもしょうがない時以外は参加しない。説明も、ちょろちょろと盗み聞き。というか、写真を撮るだけ撮って、後でネットで調べる事が多い。

そんな人気のチチェン・イッツァ。2017年には260万人もの観光客が訪れたと言われるこの遺跡、なにがそんなに人を惹きつけるのか?

マヤ文明最高の遺跡!?

チチェン・イッツァは西暦600-1200年に反映したマヤの人たちが作った都市だ。他の遺跡に比べると、かなり近代に近い時代にできた遺跡で、マヤ遺跡の中でも最大級のものだ。

一説には、チチェン・イッツァには他の遺跡には見られない政治システムがあったようで、1人の王様が支配していたわけではなく、民主制だった。かなり現代的な社会の構造だったようで、その辺りも面白い。

歴史

大体の建物ができたのは750-900年で、最終的に今のような形態になったのは900年以降だ。10世紀に入ると、チチェン・イッツァは強大な力を持つようになり、ユカタン半島の中心から海岸までを支配するようになった。

しかし、13世紀に入ると、マヤパンの王Hunac Ceelが来て、チチェン・イッツァを征服してしまう。外国から来て、乗っ取ったというわけか。いや、闘いで乗っ取ったとは書かれていなかったので、王として迎えられたというのも考えられるけど、、詳しく書かれている文献は発見できず。詳しい方おられたらご連絡下さい。

そして、大きな分岐点だったのが1526年のスペイン人による征服される時代に突入する。当時のスペイン人のリーダーだったフランシスコ。デ・モンテホ。1527年にユカタンに基地を構える。メインの基地は今のカンペチェにあった。戦いの末、支配を進めて行く。1531年にはスペインから大量の兵を連れて戻って来る。殺戮の歴史か。

モンテホは自身の息子までも、送り込んで来た。そして、息子はユカタン北部の制圧に成功する。そして、チチェン・イッツァのある辺りを首都とした。その時、既にチチェン・イッツァには住民はいなかったのだけれど、周りに住む先住民たちを彼の兵にしていった。既にスペイン人に敵対心を持っていたマヤの人々は、海からの補給船に攻撃を仕掛けたり、包囲網を作ったり応戦。スペイン軍は残っていた150人もの兵士を失くした。そして、一時撤退するも、また戻って来て、今度はマヤ人の兵士を募集した。

なかなかすごい話だけど、お金か何かでつったのだろうか。

そして、大きな先住民とスペイン人の軍を作り上げ、半島の制圧を行っていく。

森の中に埋まっていたチチェン・イッツァ

Castillo Maler.jpg
By Teoberto Maler - Collection of Negatives and Prints, 1895-1908: Peabody Museum Archives, Harvard University, Public Domain, Link

チチェン・イッツァは1843年に出版されたジョン・ロード・ステフェンスの”Incidents of Travel in Yukatan”によって脚光を浴びる事となる。彼は、アメリカ人で探検家であり、作家であり、外交官でもあった。

彼は、チチェン・イッツァを含むマヤ遺跡を探検し、一つの本にまとめた。更に、1860年にはフランス人考古学者のデザイア・シャルネーがチチェン・イッツァに訪れ、写真に当時の様子を残し、発表した。

1875年に、フランス系アメリカ人で写真家・考古学者だったオーガストス・レ・プロンジェンと、その妻アリス・ディクソン・レ・プロンジェンがチチェン・イッツァを訪れて大きな石板のプレートに膝や腕が彫られたものを発見した。

1880年代にはドイツ人探検家のテオベルト・マーラーと、イギリス人考古学者のアルフレッド・モーズリーがチチェン・イッツァで数週間を過ごし、数多くの写真を残して、後に本の出版も行った。

1894年には、考古学者だったエドワード・ハーバード・トンプソンがチチェン・イッツァを含む一帯を購入し、30年に渡り研究を進めた。マヤの人が生贄を捧げていたというセノーテも彼によって浚渫された。その他にも、人的に加工された金だったり、銅、模様の入った翡翠なんかも発見。更に更に、プレコロンビアン時代の一番古いとされるマヤの衣服や、木で作られた武器なんかも発見した。

とまあ、長い歴史を持つチチェン・イッツァ。歴史を探求する研究者たちの熱い視線が注がれ続け、今でも研究が進められているわけだ。研究者ならずとも、人々のより熱い視線が注がれる春分の日に、行ってきました!

 

Kukulkan at Chichen Itza during the Equinox.

ククルカンの降臨の様子

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毎年、春分の日と秋分の日に起こる「ククルカンの降臨」。ククルカンは、ちょっと見えないけれどピラミッドの一番下にヘビの頭がついている。太陽が一定の方向にくると、段々に影がついてヘビの胴体が現れる。
この天体マヤショーを観に、世界中から観光客が集まるわけですね~

15時前くらいになると人が集まって来て、場所取りを始めて、ククルカンの天体ショーが始まるらしい16:20頃にはものすごい人だかり!そして、徐々に影が出来てきた。雲の隙間から太陽が照り付けると、人々のテンションも一緒に猛烈にあがって、その気迫は笑っちゃうくらいすごい。

前の方で人が立とうもんなら、
「シ~~~~ット ダウン!!! プリーーーズ!!」
って、ものすごい大声でみんなから怒鳴られる。あんなシットダウンコールを経験したのは初めてで、それも面白かった。

動画も撮ったよ。人の量のすごさが伝わるだろうか。

 

Night show "Noches de Kukulkan"

夜のショー「ノチェス・デ・ククルカン」

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夜のショーの様子。スマホを貸し出ししてくれて、アプリを開いて順々に遺跡の中を歩いて行く。いくつかポイントがあって、そこに着くと所定のボタンを押す。すると、説明が聞こえてくる~!イヤホンを持っていったのが良かった。なくても一応スピーカーからは聞ける。

まだ日本語は用意されてないが、スペイン語、英語、フランス語、ドイツ語(だったかな?)で楽しめる。きっとその内日本語にも対応される事を祈る!

最後にはピラミッドに映し出されるビデオマッピングのショーも。これは本当にすごかった。チケットは事前にオンラインで購入できたので、一番前の席をゲットして最高の状態で見る事ができたのが良かった。一緒に行った母も佐藤さんも喜んでくれていたみたいで、良かった良かった。

チケットの取り方はまた次回にブログで書こうと思っています。

Tranceport

How to get Chichen Itza from Valladolid?

バジャドリからチチェン・イッツァへの行き方

カンクンの空港からバジャドリまでは、直通はないので、一旦カンクンのセントロに出る。チケットは空港で一気に購入可。節約したい人は、とりあえずADOでセントロまで出て、ターミナルで安い会社のを探した方が少し安いかも。ターミナルは同じなので、楽。カンクンからバジャドリまでは、2時間くらい。ADOを使うと一人270ペソだった。

ADOバスターミナルのすぐ横に、チチェン・イッツァ行きのコレクティーボの発着場がある。おじさんたちが
「チチェ~ン、チチェ~ン」
と叫びながら客集めをしているので、分かりやすい。料金は35ペソ。遺跡までは30分くらい。遺跡に行く前に、必ず水と軽食を買っていくといい。日差しが強いので、帽子も忘れずに!

How to get back to Valladolid from Chichen Itza?

ショーが終わってからの、チチェン・イッツァからバジャドリへの帰り方

7時くらいまでだと、行きと同じく帰りもコレクティーボで帰ることができるが、ショーが始まるのは8時。それから1時間くらいショーを楽しむと、既にコレクティーボは営業終了。帰りが不安だね。

今回は、行く前にコレクティーボ会社の人に帰り方も確認しておいて、彼が言った様に帰って来れた。

まずは、出口でタクシーを拾う。タクシーは駐車場に停まっていた。そこから近くの町のPinte(ピステ)という場所まで連れて行ってもらう。そこで、タクシーの運転手にオリエンテバスでバジャドリまで行きたい(Me voy a Valladolid por autobusとか?)と言えば、駅まで連れて行ってくれるだろう。この時、料金は50ペソ(3人で)。そこからオリエンテというバスでバジャドリまで行ける(31ペソ)。

Where to stay

Hotel at Valladolid

バジャドリのホテル

Hotel Palacio Canton

全体的に悪くはなかったけれど、部屋が少しかび臭かった。と言っても、バジャドリは結構湿気があるので前回来た時も2軒泊ったどちらとも結構湿気臭かったので、町全体的にそうなのかもしれない。バス停からも歩いて10分くらい。とても静かで落ち着ける立地だった。教会のあるソカロがすぐ傍で、夜出ても安全な雰囲気だった。

良かった点は、朝ご飯が付いてくるのと、お洒落なテラスで優雅に朝ご飯が食べられる。内装も凝っていて、フリーダ・カーロをモチーフにしたホテルだった。スタッフさんも感じが良かった。

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